巻頭言

編集長 北方雅人

2021年9月号

「見えている未来」に手を打つ

 「日経トップリーダー大学」の第9期が10月22日からスタートします。異色の不動産会社、山万が超長期目線で開発した千葉・ユーカリが丘の現地見学、市場変化にどう対応すべきだったのかをテーマにした大塚家具前社長・大塚久美子氏とのディスカッションをはじめ、濃密な学びの時間をラインアップしました。

 私は毎月、大学のファシリテーター役を務めていますが、経営のやり方は本当に十人十色だといつも感じています。失敗は究極的には1つの判断ミスに起因するものですが、成功はさまざまな要素の組み合わせです。「成功はアート、失敗はサイエンス」と言われるように、成功へのアプローチは無限に存在します。

 ただし、自由勝手に経営していいのではなく、セオリー(定石)を踏むことは必要です。どのレイヤー(階層)で見るかによってセオリーは違いますが、7月号の本コラムではその1つとして「闘争心」を挙げました。それは、経営者の基本的要件と言えるものだと思います。

 階層を一段上げれば財務知識を持って経営することも当然セオリーです。伝説のコンサルタント、一倉定さんの初期著作シリーズを昨年から連続して復刻していますが、この9月に復刻する書籍は『あなたの会社は原価計算で損をする』。原書発行は1963年ですから、前回の東京五輪の前年です。実はこの本が一倉さんにとっての1作目。最初に会計を扱ったのは、それだけ数字が苦手な経営者が多いと感じていたからでしょう。

 さらに階層を上げると、どんな成功のセオリーがあるでしょう。そのヒントを、「業務スーパー」創業者・沼田昭二さんが今号で教えています。「後出しじゃんけん」という表現を使って、沼田さんは「将来を見据え、誰にでも分かること、確実性の高いことを考える」のが、成功の秘訣だと説明しています。

 当たり前と思う人もいるかもしれませんが、例えば今の人口減少は以前から確実な未来と分かっていたにもかかわらず、多くの経営者がその対策を先送りしてきました。見えている未来を見ようとせず、見えていない未来を見えるかのように振る舞う。そうではなく、確実な未来を経営に落とし込むのです。これはとても重要なことだと私も思います。

ワクチン接種の経営者群像

 新型コロナワクチンの接種が日本でもようやく進んできました。この状況下でどんな行動を取るか。そこには経営者の人となりが垣間見えます。

 A社長は5月、大勢の社員を引き連れて米国に渡り、接種1回で効果があるとされるジョンソン・エンド・ジョンソンのワクチンを打ちました。社員とその家族からは、これで安心、と大変喜ばれたそうです。普段から何かにつけて行動力があるA社長ですが、ワクチン接種も早かった。私が知る限り、最速で社員に接種をさせたケースでした。

 B社長は、社内での職域接種を急ピッチで進めています。さまざまな考えから「打ちたくない」という社員もいるそうですが、そこは強く接種を促しています。

「ワクチンの効果と副反応を数字で比較すると、明らかに効果のメリットが上回る。私たちは誰もが社会の一員だから、ワクチンを打って集団免疫をつけなくてはならない。それが嫌なら、お客様に接する店頭には立たないでもらいたい」。

 常日ごろから、根拠のない曖昧な戦略を排除するB社長。その理詰めの姿勢は、ワクチン対応でも健在です。

 C社長は地元の同業者と連携し、職域接種を進めています。ただ、次々に問題が噴出します。「職域接種は、地域接種に影響を与えないという大前提があるので、地元の医師会には頼めない。そこで県外から職域接種に参加していない医療機関に来てもらう段取りを立てたところ、地元の医師会が『我々の仕事を奪われる』と内々で話をしていることが、漏れ伝わってきた。結局、我々が医師会長に頭を下げるかたちで落ち着いた」。

 いつも地元や業界のために先頭に立って献身的に動いているC社長ですが、今回ばかりは価値観の異なる人たちとの折衝続きで、なかなか大変なようです。

 有事では、その人が最も大切にしているものは何か、本性が如実に現れるものです。そういえば、ある上場企業の秘書は、自身が仕える会長が一日も早くワクチンを接種できるよう、市が戸惑うほど何度も連絡したというニュースもありました。秘書の中では、会長を守ることが一番大切だったのでしょう。

 皆さんはいかがでしょうか。皆さんにとって一番大切なものは何ですか。

「経営に飽きた」という言葉

 元K–1ファイターの小比類巻貴之さんはとても紳士的な人でした。共に中年太りのデスクと一緒に取材に行ったので、ビール腹にキックをお見舞いされたらどうしようかと、最初は柄にもなくおどおどしていましたが、小比類巻さんは終始謙虚。トップクラスのアスリートになるには、やはり心の鍛錬も不可欠なのでしょう。楽しい特集取材となりました。

 記事中でも書いたように、小比類巻さんは「基本」の大切さを強調していました。トップクラスの選手は基本動作のレベルがものすごく高い。変な癖がついている人は一定以上には強くなれないのだそうです。小比類巻さんもかつて、自分の癖を苦労して壊し、基本の型で動きを組み立て直していったそうです。

 これは経営者にも当てはまるでしょう。個性は大切ですが基本から外れたやり方をしていると、強い相手が現れたときや、急な変化が起きたときに負けてしまいます。では、経営の基本とは一体何なのか。事業を通じて社会に価値を提供すること。収入と支出のバランスを取ること……。どのレベルで考えるかによっていろいろな言い方ができます。

 稲盛和夫さんは人生の成功は「考え方×熱意×能力」で決まると唱えています。最重要は「考え方」だそうですが、稲盛さん自身、『燃える闘魂』(毎日新聞社)という著書を出しているくらいですから、熱意や闘争心は経営に欠かすことのできないものであることは確かです。

 闘争心について考えるときに、私はふと思い出すことがあります。本誌では「誤算に学ぶ経営者の本音セミナー」を毎年開催しています。以前、会社を破綻させた元経営者に登壇してもらい、なぜ倒産したのか、いつ何をしていれば破綻を防げたのか、受講者と議論しているとき、その元経営者は「経営に飽きていた」とぽろっと口にしました。

「疲れた」とも違う、「飽きた」という言葉。心の奥底から出てきたようなその言葉が、私の胸に刺さりました。経営者が事業に飽きたら、先は見えている。この飽きることと対極にあるのが、闘争心ではないでしょうか。そう考えると、どのような状況下でも強い闘争心を持ち続けることが、経営者の基本姿勢の1つと言えるかもしれません。

ストレスのない経営

 3月号で掲載したワークマンの記事の反響が大きかったので、第2弾を打ちました。前回は「社員」がテーマでしたが、今回は「取引先」がテーマです。フランチャイズ加盟店や衣料メーカーと対等な関係を築き、相手に何かを強いることはしない。「善意型サプライチェーン」と呼ぶ仕組みはユニークです。

 インタビューの中で土屋哲雄専務はこう言っています。「我々が目指しているのは、1年や2年の競争優位や市場ナンバーワンになることではなく、100年間の競争優位ですから、5年、10年のシェアなんてゴミみたいなものですよ」。短期のシェアを「ゴミ」と言い切ってしまう あたり、さすが注目の企業です。

 覚えている方も多いと思いますが、昨年12月号で特集した千葉県ユーカリが丘の山万は「成長管理型」の不動産会社を標榜し、分譲地を転々とする「分譲撤退型」の企業と一線を画していました。林新二郎副社長は「短期間で最大利益を上げようと思えば、50年もかけて街をつくるなんてアホです」と笑っていましたが、もちろん真意は長期経営の肯定です。

 このあたりに、これからの企業経営のキーワードがあるように思います。日本には老舗企業が多いため、欧米企業に比べて長期的な視点を持って経営をしていると私たちは思いがちですが、それはとんでもない誤解かもしれません。

 長期的な目線に立てば、どんな経営が求められるのか。ワークマンから学べるのは「ストレスのない経営」です。短期の収益を上げるために、社員や取引先にプレッシャーをかける経営者もいます。けれど長期的な収益にゴールを置けば、マラソンなど長距離ランナーと同様、組織に負荷をかけないほうが望ましい。

 遠いところにゴールを置くと、これまで会社の内外で当たり前のようにしていたことが、大いなる無駄の集積だったことにがく然とするかもしれません。私たちは何のために会社を経営しているのか。あなたは何のために生きているのか。そういった根本的な問いかけが、今後はますます重要になってきそうです。

 顧客幸福経営の特集も、実はそんな問題意識から組んだ企画です。顧客が心の奥底で求めていることは何か。経営における「幸福論」を考えてみました。

経営の中で、最も正解がないのが事業承継

 以前、ある社長が全社員を集めて、こう頼んだそうです。

 「みんなも承知していると思うが、私の息子はおそらく社長の器ではない。けれど私は、息子に会社を継がせたい。頼むから3年間だけ、社長にさせてもらえないか。どうしても息子に社長が務まらなかったならば、私が責任をもって息子を引きずり下ろす」

 業界でも有名なカリスマ社長でしたが、社員の前で深々と頭を下げました。そこまでして息子に継がせたいのかと驚いた社員たちは承諾し、天使のように優しい人柄の息子が2代目に就きました。

 それから3年後——。会長に退いていた先代は、息子のクビを切ります。社長の器でないことを、みんなで再確認しただけの3年間になりました。

 こう書くと「なんてバカなことをしたんだ」と笑うかもしれませんが、当人は至って真剣です。事業承継は実に難しい。誰に、いつ継がせるかという人選・時期、持ち株比率をどうするか、はたまた後継者にどの程度口を出すかなど、考えることは山ほどあります。

 前号で掲載したワタベウェディング元会長の渡部隆夫さんは「先代は51%以上の持ち株比率を死守すべし」と強調していましたが、それに異論を挟む向きも当然あるでしょう。どちらが正しいとは簡単には言えない問題です。経営の中で最も正解がないのが事業承継だと、つくづ く思います。経営者と後継者の人間関係、会社の成長段階などによっても、事業承継のあり方は大きな影響を受けます。

 加えて、最近は親族外に継ぐケースも増えています。社長を託せる子供がいないなら、一体、誰にバトンを渡せばいいのか。そうした経営者の悩みに応える記事を今号では掲載しています。

 正解がないということでは、98ページで紹介している武蔵境自動車教習所の場合、父から社長を継いだ髙橋明希さんは米シリコンバレーに滞在し、日本に残る父と協力しながら、遠隔で〝リモート経営〞をしています。教習所事業に代わる新規事業を見つけるためですが、これも事業承継の新しいかたちといえます。

 自社に最適な手法を、自ら探し出すことは経営の基本ですが、それはもちろん事業承継にも当てはまります。

ワタベウェディングの私的整理に思う

 先日開催した「社長力アップセミナー」で、私はワタベウェディングの話をしました。海外挙式を始めたのは、前身の貸衣装店に「ハワイで挙式を挙げたいので、衣裳を借りたい」というお客が来たことがきっかけです。1971年のことですから国内挙式が当たり前。元会長の渡部隆夫さんは「変わったお客」とやり過ごさずに調査を重ね、これは大きな流れになると読んでハワイに進出します。

 事業の立ち上げ方が参考になるので話したのですが、それから間もなくワタベウェディングが私的整理の1つである事業再生ADR(裁判以外の紛争解決)を申請し、受理されたと発表するとは思いませんでした。もともと収益力が弱っていたところに、新型コロナの影響で海外ウェデイングが止まったからです。

 実は2009年1月号の特集で、渡部さんの経営手法を書きました。私も担当記者の1人でしたが、そのとき2つのことが印象に残りました。1つは先ほどの新規事業の立ち上げ方。もう1つは、社長になって半年がたった長男、渡部秀敏さん(現会長)のこんな発言です。

「正直、経営者の仕事が、こんなに怖いとは思いもしませんでした。何が怖いかって『決める』のが怖い。『合理的に考えれば、こっちだよね』というレベルの判断は、部下がします。僕に求められるのは、今の経済状況も含めて、予測しがたい未来を見据えた決断です。

 本当は自分でも自信がない。それでも『こうなるから、こっちに行くぞ!』と号令をかけなくてはならない。その可否が、目の前にいる社員とその家族の将来を左右する。そう思うと足がすくみます。そんな大事な決断が私欲に引きずられるなんて、あってはならない。こういう怖さについて、父は一言も教えてくれなかった。目隠しをパッと取られたら、強風が吹きつける高層ビルの屋上の縁に立たされていた。そんな感覚です」

 分かりやすい表現で、本音を語ってくれたことに好印象を持ちました。しかし親子の笑顔の裏で、人知れぬ対立があったことを、今回インタビューを受けてくれた隆夫さんから知りました。何より驚いたのは、社長交代後、会社の敷居をまたいだことは一度もないという事実です。詳しくはこちらの記事をご覧ください。

震災から会社を守ろうとした人たち

 東日本大震災発生から10年がたちます。あの大きな揺れと津波の恐怖に震えた私たちは、今、ウイルスの恐怖におびえています。人知が及ばないことに幾度も直面しながら、私たちは自身の生き方を見つめ直します。皆さんは、震災を通じて、何を感じ取られましたか。

 経営の観点でいうと、2つのことが特に忘れられません。1つは福島原発問題です。あのとき、原発の暴走を食い止める手段として、早くから海水注入による冷却が選択肢に上がっていました。ただ、その実行を巡り、関係者の思惑がもつれます。小社の書籍『FUKUSHIMAレポート 原発事故の本質』の引用です。

「(前略)『廃炉にすることが嫌だったから』だ。つまり東電の経営者は、技術が『制御不能』になるとはどういうことなのかを学習する根本能力(コンピタンス)を持たなかったということである」

 電力会社の安全対策マニュアルも、廃炉をギリギリまで避けることを最優先する内容だったといいます。廃炉になれば重い金銭的負担で、企業の存続に関わる。そうした考えが頭をよぎったのかもしれませんが、本当に大切にすべきものは何かという視点が欠けていたようです。

 もう1つは、愛知県豊橋市の樹研工業の創業者、故・松浦元男さんの言葉です。1985年に宮城県に竣工した同社工場の被害は皆無でした。その理由を尋ねると、松浦さんはこう言いました。

「地震も津波も多い地域と聞いていましたから、山側で一番地盤の固い地域を調べ、そこの土地が空くまで半年間待ちました。海を埋め立てた大きな工業団地に空きがありましたから、『どうして、よりによって交通の便が悪い場所を選び、しかも半年も待って工場を建てるんだ』と言う人もいましたが、経営者として当然のことをしたまでです。

 私は一個の経営者です。経営者というのは国がどうなろうが、地震が来ようが、従業員のために会社を絶対に守らんといかんのです。だから今回の震災で『想定外の地震だったから、しょうがない』と手を上げる経営者があまりに多いので、ため息をついています」

 会社を守ろうとした点で、両者は共通しています。ただ、そこには天と地ほどの大きな差が横たわっています。

「第二の回転寿司」は誕生するか

 個人的なことですが、私は兵庫県の中でも庶民的な尼崎市で生まれ育ち、小学校時代の友人は豆腐店や中華料理店など個人商店の息子がやたら多かった。実家も曽祖父の代まで小さな問屋を営んでいたせいか、記者になってからは中小企業に自然と関心が向きました。

 入社当初から中小企業をよく訪ねていましたが、若い頃、とりわけ面白く感じたのが飲食店の取材。今は休刊になっていますが、2000年前後、「日経レストラン」という雑誌の記者として、「超」が付くくらい元気な飲食店経営者たちに数え切れないほどお会いしました。

 他業界の経営者を上回る活力の理由は取材を重ねると分かってきました。飲食業界では、資本力の差が他業界ほどには競争力に直結しないのです。隣に巨大外食チェーンの店舗があっても、おいしい料理をリーズナブルな価格で、そして良い接客で提供すれば十分に勝てます。

 しかも、新しい集客方法を今日実行すれば、今日売り上げが増える。工夫と努力がすぐに結果に表れるのも、他業界にはあまり見られないスピード感です。バブルの頃にチェーン店に押された時期もありましたが、その後は「個店の時代」と言われるほど、エネルギッシュな経営者が独自の経営をしていました。

 人間味あふれる飲食店経営者を日々取材し、たくさんの記事を書く中で、記者になってよかったと心底思いました。

 そんな飲食業界が今、新型コロナで大きな苦しみの中にいます。個々の経営努力で何とかなるレベルを超えており、飲食業界の人にどのような言葉をかければいいのか、正直分かりません。でも、今号で紹介しているトレタの中村仁さんの話を聞いて、希望を持てました。

 飲食業界は、もともと変わらなければいけなかった。そのタイミングがコロナによって一気に早まっただけ——。詳しくは記事を読んでいただきたいのですが、マクドナルドやすかいらーく、回転寿司店が現れたときのような革新が起きる前の雌伏の時期と捉えたい。

 その回転寿司をはじめ、海外では日本食が大人気です。革新的な飲食店が世界展開する素地は申し分ない。コロナショックを機に、今まで以上にグローバルな外食企業が続出することを期待します。

中小企業は弱者ではない

 新年明けましておめでとうございます。2020年は新型コロナに振り回された1年でした。終息の道のりはまだ遠そうですが、立ち止まっている時間はありません。「中小企業戦国時代」という特集を組んだように、中小企業の存在意義が問われる年になるからです。

 以前、法政大学総長を務めた清成忠男さんにインタビューしたとき、こんな話をしてくれました。清成さんは「ベンチャービジネス」の概念を日本で初めて提唱するなど、戦後の中小・ベンチャー企業の生き字引のような学者です。

 清成さんによると、1963年に成立した中小企業基本法は当初、中小企業を「弱者の存在」と位置づけていました。「過小過多」といって、中小企業は小さ過ぎ、また多過ぎるから、合併などをさせて数を減らす必要があると考えられたのです。「大きくすれば生産性が高くなり、競争もなくなるという単純な発想」と清成さんは当時の政策を振り返ります。

 中小企業は本当に弱者なのか。全国の企業を訪ね歩いた清成さんの目にとまったのは大企業に虐げられているどころか、元気のいい、たくさんの中小企業でした。そこで清成さんは70年に「中小企業の数を減らすのではなく、新規開業をより促し、新陳代謝をすることで経済は発展する」という論文を書きます。

 この論文がきっかけで、新規開業を増やす方向に国の政策が転換しました。そして99年の中小企業基本法の抜本改正で、国は、中小企業は「弱者ではない」というスタンスを明確に打ち出したのです。

 ところが時代が巡り、昨今、中小企業は収益力が弱いから再編せよ、といった声が再燃しています。ただ、現場を回るとユニークなイノベーションを起こしている中小企業は山ほどあります。小さいことが悪いのではなく、新しい経営を模索しないことが問題です。

 事業や組織を新陳代謝させ、時代の変化に適応した中小企業になれば、収益力もおのずと上がるはず。中小企業が弱者の時代に逆戻りをするか、日本経済をけん引する改革者になれるかは、経営者の皆さん一人一人にかかっています。

 中小企業は、大企業にない強さを持っている。2021年はその点をしっかり追求したいと考えています。

矛盾の両立が経営の醍醐味

 2020年は、新型コロナ一色でした。政治も経済も大混乱に陥り、東京五輪は延期という前代未聞の事態に直面しました。終息がいまだ見えない中、GoToキャンペーンの影響なのか感染者が再び増加。外出か自粛か、政府ははっきりしろと非難の声が上がっています。

 ただ、外出か自粛かという二者択一ではなく、矛盾をどう両立させるかを考えるべきでしょう。同じような矛盾は企業経営においても表れています。従来は自社の強みを深掘りしていればよかったのに、コロナ下で業績が堅調なのは、自社の強みを絞らない会社です。

 強みを磨くことはもちろん大切ですが、強みにこだわってはいけない。禅問答のようですが、例えば、今号で掲載した千葉県・ユーカリが丘の山万は不動産会社でありながら、電車やバスを自社の社員で運行し、街の巡回警備も24時間します。嶋田哲夫社長は「不動産業にこだわるな」と社内を鼓舞しています。

 「壁を超えろ」に登場するシヤチハタもそうです。ハンコを作りながら、同時に「ハンコがない社会」のために新事業を立ち上げて、どちらにも力を入れた。「ハンコ不要論」がにわかに持ち上がってきましたが、シヤチハタは20年以上前からその時代に備えてきたのです。

 経営でも何でも、矛盾を超えた先に本質が宿るものなのかもしれません。かつて、堀場製作所創業者の堀場雅夫さんはこんなことを言っていました。

 「初めから財務管理に長けた人は起業家に向かないが、経営者はある時期からは財務を意識しないと会社を発展させられない。ただ、財務の重要性に覚醒したからといって、それまでのアグレッシブさを捨ててはいけない。そこには、とてつもない自己矛盾がある。しかし、それを矛盾と感じずに、両方の思考を持つことができる経営者しか残りません。

 僕はこれを『股裂きの刑』と言っています。損益を無視した突破力と、緻密に収益を管理する堅実性。この股裂きの刑に耐えられるかどうかが成功する経営者の要件です。股裂きを苦痛と感じるのではなく、経営の醍醐味と感じなければ、とても経営者なんてやってられません」

 今のような時代の変わり目には矛盾を楽しみ、止揚する姿勢が必要です。

「土地本位制」を貫いた林原健氏

 林原健さんが亡くなった。岡山市のバイオメーカー、林原の4代目社長として大きな功績を上げたものの、2011年に経営破綻。その真相を描いた著書『林原家』の編集を担当した縁もあり、昨年、「日経トップリーダー大学」に講師として登壇してもらったばかりでした。

 制がん剤のインターフェロン、甘味料のトレハロースなど画期的な食品・医薬品をいくつも作り、林原さんの名は海外でも知られていました。また、研究予算を青天井で投じたり、地域密着を掲げて地元岡山の人を縁故中心で採用したりと独自の経営を貫きました。

 「同族企業の雄」と私たちメディアは持ち上げましたが、実態は不正経理が常態化していました。資金が途絶えなかったのは、岡山駅前の本社敷地をはじめ、全国各地に広大な土地を保有していたため、多くの金融機関が信用し、無担保でもこぞって融資したからです。

 「日本は金本位制でなく、土地本位制」。かつての林原さんはそう言っていましたが、その事業モデルはバブル期を頂点に、内部崩壊していったのです。高度成長からバブルまでの日本を象徴する会社の1つが林原だと私は考えています。

 林原さんは良くも悪くも、根っからの研究者でした。書籍を作る過程では「私は社長には全く向いていなかった。これから好きな研究に没頭できるのが、本当に楽しみなんです」と何度も口にしていました。そんなとき、私には苦笑いすることしかできませんでした。

 『林原家』のあとがきで、林原さんはこのように記しています。

 「曽祖父が林原商店を創業して祖父が継ぎ、林原一郎が発展させ、そして私が会社を倒産させるという林原4代の企業物語にも、大きな時間軸で眺めれば、何らかの意味があったのだと信じたい。もっとも一財産を築いてくれた父には、いつか会うであろうあの世でこっぴどく𠮟られそうだが、そのときはそのときだ」

 林原さんの父・一郎さんは、戦後日本のぶどう糖産業に大きく貢献した人です。林原さんは今頃、お父さんとどんな話をしているのでしょう。相当怖かった人らしいですが、林原さんは世に同族経営の光と闇を教えたということで、お父さんには大目に見てほしいものです。

「緩やかな同志」を味方につける

 自民党総裁選で菅義偉氏が圧勝し、第99代首相に選出されました。田中角栄氏が「政治は数であり、数は力、力は金だ」と豪語したように、自民党の派閥政治は「数の論理」の象徴です。しかし、大きな改革をするには、数の論理はむしろ邪魔です。どんな組織でも普通は、現状肯定派が多数を占めるからです。

 そのことを身に染みて知っているのは、2代目、3代目の経営者でしょう。先代のやり方を否定して新しい製品・サービスや組織づくりを始めるとき、必ずと言っていいほど、古参幹部や社員の反対に遭います。「みんなの賛同を得て、大きな改革をなし遂げた」という話は、私は一度も聞いたことがありません。

 ただ、つぶさに取材すると、実は全員が反対派ではないと分かります。数十人の会社なら1人か2人は賛同者がいるものです。強く賛同はしていないが、反対でもない。「社長の考え方もありだと思います」という、緩やかな同志です。

 完全な四面楚歌では改革は困難ですが、緩やかな同志の存在が、経営者を仕事面でも精神面でも助けるのです。

 今号の「壁を超えろ」で登場してもらった出前館の中村利江会長も、旧経営陣を支持するという「血判状」にサインをしなかった管理職の存在が、改革を進める上で大きな励みになったと振り返っています。どんな組織にも必ず、そうした同志が1人はいます。彼らをどう見つけるか、いかに育てるかが改革の鍵です。

 日経トップリーダーではさまざまなセミナーを展開していますが、ある経営者は毎回、幹部と2人で参加します。理由を聞くと「社内を動かすには社長1人では難しい。問題意識を共有し、同じモチベーションを持つ幹部が不可欠」。まさに、同志をつくっているのです。

 私たちが複数で参加可能なオンラインセミナーを強化しているのは、そんな思いからです。来年1月からはプラチナ会員サービスを強化し、3種類のセミナーをお届けします(67ページをご覧ください)。いずれも人数無制限で、社員と共に学べるオンライン受講が可能です。

 政治は「数」が勝負かもしれませんが、経営者に必要なのは「志」です。皆様が志を分かち合える右腕をつくることができるよう、私たちも頑張ります。

「○○業」と簡単に言えない会社が理想

 「Go To トラベル」が迷走した原因の1つには、「業界」を助けようとしたこともあると思います。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐことと、旅行を推奨することは明らかに矛盾します。にもかかわらず、政府がキャンペーンを張ったのは、観光・宿泊業界を救うには旅行客数を戻すしかないと考えたからです。

 観光・宿泊業界の現状は、個々の企業努力で乗り越えられるレベルを超えています。国の支援は不可欠ですが、本当に助けなければならないのは、その業界で働く「人々」です。ならば、小売りや介護など、人手不足の業界で一時的に働いてもらう仕組みを整えるのも一手です。業界を超えた人材のシェアリングは、外食業界で先行して広がりつつあります。

 そもそも、半年、1年で旅行客数がコロナ前の水準に戻るとは考えにくい。収束時期が読めないからこそ、業界を飛び越えて、新しいサービスを始めようとするチャレンジングな「経営者」を後押しするなど、長期戦の支援にも視野を広げたほうがよいのではないでしょうか。

 ここ数年、クリーニング業界では、衣料の保管サービスを始める企業が相次いでいます。消費者は冬物コートがきれいになって戻ってきても、翌年までクローゼットの奥にしまうだけなので、洗ってそのまま預かってくれればありがたい。このモデルでは、地方のほうが倉庫を広大に取れるので有利です。

 実際、保管サービスを加えた地方のクリーニング店がインターネットで全国から顧客を集めています。この事業モデルのクリーニング店は、クリーニング業界なのか倉庫業界なのか、もはや判然としません。イノベーションの多くは、このように業界の枠を超えるものです。

 今号で紹介している神明ホールディングスは米卸でありながら、ネット上で農業を教える教室を主宰し、一方では炊飯器も開発しています。神戸物産はスーパーでありながら、オリジナリティーあふれる食品をグループでたくさん作っています。両社とも、もはや「○○業」と簡単には言えません。そこが強さなのです。

 業界横並びの思考はイノベーションを阻はばみます。ダイエー創業者、中内㓛さんの「いかがわしくなければベンチャーではない」という言葉を思い出します。

大山さんが「死ぬような思い」で変えたもの

 アイリスオーヤマ会長の大山健太郎さんは、オイルショックで倒産の危機に瀕しました。漁業用のブイ、農業用の育苗箱などプラスチック製品を作っていましたが、需要の乱高下で、利益度外視のたたき売りを余儀なくされたのです。

 ただ、プラスチック業界の8割の企業はアイリス同様、赤字に苦しみましたが、残り2割の企業は黒字でした。大山さんが気になって調べてみると、黒字企業はいずれもマーケティングを重視し、顧客に密着した経営をしていました。

 メーカーは良いものを安く作ればいい。問屋に卸せば、後は売ってくれる——。そんな考え方が、いかに単純で、自分勝手だったか。猛省した大山さんは「プロダクトアウトからユーザーインの経営へ、死ぬような思いで考え方を切り替えていった」と述懐します。

 例えば、ユーザーのニーズを拾いやすくするために、問屋機能を併せ持った「メーカーベンダー」という業態に転じますが、強みに特化したい「メーカーの論理」と、品ぞろえを増やしたい「問屋の論理」は水と油の関係です。組織の中で両立させるのは至難の業でした。

 大山さんがオイルショックでつかんだこの教訓を、コロナ禍で今まさに実感している経営者も多いでしょう。危機下でも堅調なのは、ユーザー目線で製品・サービスを提供している企業です。

 ユーザーというのは人間です。法人ではありません。部品会社なら部品を買ってくれる会社ではなく、部品を使う現場の人、あるいは部品を使って組み立てられた製品を使う人です。ユーザーが心底欲しいと思うものは、どういう時代環境であれ、お金を払います。

 世の変化に合わせてオンラインサービスにシフトするなどの対応は必要ですが、ユーザーの本質的欲求に照準を合わせていれば、進む道は見えてきます。今号の特集では、ビジネスを再構築するためのヒントを徹底的に探りました。

 誤解してはいけないのは、単にユーザーの声を聞こうという程度では不十分なこと。大山さんが「死ぬような思い」という言葉を使ったのは、「企業の論理」で動いている経営を、「ユーザーの論理」に変えることだからです。180度の転換は経営者に覚悟を求めます。

一倉定の「挑戦」は成功したのか?

 故・一倉定さんといえば「社長の教祖」として知られる伝説の経営コンサルタントです。ファンは多く、本誌連載でおなじみの古田土会計の古田圡満さんは、自身の哲学の骨格を一倉さんから学んだと公言しています。ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正さんも一倉さんの思想を学んできた経営者の1人です。

 そんな一倉さんの初期の書籍『マネジメントへの挑戦』を、このほど小社から復刻しました。初版は1965年で、今から55年も前。63年にコンサルタントとして独立した直後に執筆されたものです。マネジメントへの「挑戦」という、まさに挑戦的な言葉を一倉さんが使ったのは、当時の経営に対する憤りからです。

 「これは挑戦の書であり、反逆の書である。ドロドロによごれた現実のなかで汗と油とドロにまみれながら、真実を求めて苦しみもがいてきた一個の人間の、〝きれい事のマネジメント論〞への抗議なのである」「従来のマネジメント論は、理論としてはりっぱであっても、現実に対処したときにはあまりにも無力である。現実に役だたぬ理論遊戯にしかすぎないのである」——。一倉さんは、本書籍の冒頭でそう記しています。

 1965年当時の日本で、どのような経営論が支配的だったのか。それに対して、一倉さんはどんな転覆を試みようとしたか。さらに、本書では他の一倉さんの書籍と異なり、たびたびドラッカーの言葉が引用されています。「日本のドラッカー」とも称される一倉さんが、ドラッカー理論のどこに共鳴していたのか。そして、一倉さんの「挑戦」は果たして成功したのでしょうか。

 私は昨年末に本書を初めて読んだとき、1965年当時と日本企業は何ひとつ変わっていないのではないかという懸念に襲われ、がく然としました。経済では「失われた30年」といわれますが、私たちの意識はどうだったでしょう。64年の東京五輪以降、アジアの盟主の地位を謳歌し、人口増加が続いていた日本は、実は総じて「ぬるま湯の55年」を生きてきたような気がしてならないのです。

 2020年。2度目の東京五輪の代わりにやってきたのは新型コロナウイルスでした。「今からでも挑戦せよ」という一倉さんの声が聞こえてきそうです。

「社会のマルチタスク化」の仕組み

 マルチタスクは会社の生産性を上げる手法ですが、今は社会のマルチタスクも求められていると思います。コロナショックで飲食業や宿泊業のように休業する会社がある一方、医療や物流、スーパーは人手不足という状態を多少は解消できるかもしれないからです。

 マルチタスクは複数の仕事を掛け持ちすること。例えばホテルなら、フロント、客室係、食事処などの部門ごとに人を固定せず、フロント係はチェックインのピークタイムが過ぎたら、食事処で接客を手伝うなどして、必要最小限の人数でホテル全体を回すという発想です。

 生産性が上がるため、労働時間の短縮や休日の増加につながるマルチタスクは働き方改革のキーワードです。特にサービス業は客数(仕事の総量)が予測しにくいため、マルチタスク化は欠かせません。仲間の仕事を手伝うことで感謝されますし、仕事の視野も広がりますから、社員にとってはやりがいも高まります。

 このマルチタスクを社会全体に広げてはどうでしょう。医療・看護の専門家でなくても、保健所や病院のサポートに回れる人はいるはずです。医療・看護の現場も、専門性が高い仕事と低い仕事を仕分けすれば、低い仕事を未経験者にしてもらえます。また、稼働率が落ちている自動車関連の工場で働く人なら、医療器具メーカーのサポートに入れます。

 岐阜県飛騨市が始めた「みんなで仕事づくり応援パッケージ」は、これに近い視点です。仕事を失った市民に働く場を提供する事業者に対し、人件費相当額(時給880円)を交付します。臨時の雇用なので、期限(最長で2021年3月末)が来れば元の会社に戻ります。

 誰でも、休業手当を受け取るより働いてお金が得たほうが、本音ではうれしいと思います。誰かの役に立つことに人間は喜びを感じますし、その喜びこそが資本主義経済の動力でもあるからです。

 会社を守ることは大切です。でも、それ以上に大切なのは社会を守ることです。政府には最大限の中小企業対策をお願いしつつも、目先のことばかりにとらわれてもらっては困ります。この非常時だからこそ、限られた国家予算を使って、どんな社会をつくっていくかという本質的な議論をしなければなりません。

もう駄目だと思ったときが、仕事の始まり

 意外にも、あの稲盛和夫さんですら若い頃には、弱音を吐くことがありました。部屋で1人になったとき、「こんなにしんどいなら社長を辞めようか」と思うことはしょっちゅうだったそうです。

 「厳しい仕事、責任の重い仕事をやっておればですね、よほどの哲人ではない限り、弱音を吐くのです。しかし弱音を吐くのは、部下など人の前であってはならない。夜に1人になったときです。家族の前でも吐いてはいけません」

 そして何より重要なのは、弱音を吐いた後の行為。稲盛さんは、すぐに「いや、それじゃいかん!」と打ち消したそうです。ずるずる引きずるのではなく、前に向かって自分を奮い立たせました。

 今、新型コロナウイルスが世界を震撼させています。消費が一瞬にして蒸発し、特にサービス業の経営者は事業継続に不安を覚えていると思います。

 この状況下で、常にポジティブな気持ちを持ち続けることは誰だって難しいはず。疲れたならば、家族が寝静まった後、1人で酒を飲みながら弱音を吐いてもいいのです。ただし、それは夜の一瞬だけです。朝が来たら、「まだまだやれるぞ」と気持ちを新たにしましょう。

 稲盛さんにはいろいろな箴言がありますが、私が最も好きなのは「もう駄目だと思ったときが、仕事の始まり」という言葉。眼前に高い壁が現れたとき、「こんなに頑張ってきたのに」と考えず、「よっしゃ、ここからが仕事の始まりや」と自分を励ますようにしています。

 ところが、稲盛さんにそのことを話したら、諭されました。「普通の人には『もう駄目だと思ったときが、仕事の始まり』と励ますけれど、本当はそこまで行っちゃ駄目なんです。その前に手を打っておかないといけません。実は私自身は『もう駄目だ』と思ったことは一度もない」。弱音を吐くのは「もう駄目だ」と思うからではなく、ストレス発散のようなもので、つい口から出た言葉だとか。

 稲盛さんはそうは言いますが、今回ばかりは「戦後最大の不況」と早くも評されるくらいですから、準備にも限界がありますよね。だから大丈夫。うずくまっている人がいたら、立ち上がってください。途方に暮れている場合ではありませんよ。いよいよ、仕事の始まりです。

社員の不安を取り除くためにできること

 新型コロナウイルスの影響が広がった2月末、以前、取材でお世話になった経営者からメールが届きました。千葉県松戸市のスズキ機工の鈴木豊社長です。読者の皆様にもぜひ読んでいただきたいと思い、一部加工の上、紹介します。

 「私は今回のような未知の事案に対応する場合は『過去の事例から学ぶ』ことが大切と思っています。2011年の東日本大震災後も、深刻なモノ不足が発生しました。今はマスクや消毒液などが全く買えない状況です。過去の経験から推測すると、約3、4週間でマスク不足や消毒液不足は緩和に向かうと思います。

 当社は食品機械の設計・製作事業をしていますので、マスクは必需品です。常備分を使い切るのと、品不足が緩和されるのとタイミングがギリギリです。そのため、使い捨てマスクは各人で衛生管理をした袋に入れて保管し、マスクの在庫が底を突いた場合のみ、洗って再利用するという方針を既に示しています。

 この再利用の対応が正しいかどうかより、会社が混乱しないように対応策を明確に示すことが大事だと思います。

 また、未知の事案には『頭で考えずに、紙に書く』ことも大切だと考えます。突発的に大きな出来事が起きると同時多発的にさまざまな事案に対処する必要性が発生します。そこで一つ一つの事案につき、検討項目を紙に書き出します。今回であれば、『発生が予想される問題』『その対策』の2点を書き出すだけでも、混乱が少なくなると思います。

 当社もこの後、収益の悪化などが現実に予想されます。そんな良くない事案・問題も紙に書き出し、すべての情報を社員全員で共有した上で、同じ方向を向いて日々の業務に取り組みます——」

 コロナ問題が及ぼす影響の範囲や収束の時期は誰も正確には見通せません。どうリーダーシップを発揮するか、経営者には難しい局面ですが、自身が混乱することだけは避けたい。マスクの再利用対応や、問題を紙に書き出す鈴木社長の行動はヒントになるはずです。

 今号の特集では中小企業のBCP(事業継続計画)を考えました。平時の準備が問われるのは確かですが、今すぐ対応すれば十分に意味はあります。パンデミックとの勝負はこれからです。

終息をただ待つか、次の一手を打つか

 新型コロナウイルスが企業業績に大きな影響を及ぼしています。サプライチェーンがグローバル化した現代のリスクが露呈した格好ですが、ウイルスの終息をただ待つか、それともこの間に次の一手を打つかによって、今後の企業競争力に差が出てくるでしょう。

 客数減に直面するホテル・旅館の中には、生産性向上の取り組みを始める企業が出てきています。パート従業員の出勤日を減らし、少ない人数でどこまで業務を回せるか、試しているのです。

 少人数で効率よく運営するには、1人で複数の仕事を掛け持ちするマルチタスクが必須です。そこでこの機会に各業務を見える化し、マルチタスク体制を整えれば、客数に合わせた柔軟なオペレーションが可能になり、生産性向上、引いては働き方改革が実現できます。

 また、時差通勤や在宅勤務、会議の削減の実施に踏み切る企業も増えています。それらが働き方改革を加速させるきっかけになるケースもあるでしょう。

 生産性向上の専門家、内藤耕さんはこうも指摘します。

 「団体客中心のホテル・旅館、宴会客中心の飲食店ほど苦しい。グループの場合、メンバーの中で誰かが反対すると利用しにくいからです。だから常日頃から商品やサービスの質を高め、その魅力をしっかり外部に発信し、個人のファンを獲得しておくことが、こうした危機下でものを言います。東日本大震災後の企業業績の差もそこで決まっていました」

 本誌2月号の「今月の数字」でも取り上げたように、BCP(事業継続計画)の策定は中小企業においても不可欠です。私自身、今回の一件でそのことを痛感しました。BCPは危機管理体制の構築にとどまらず、内藤さんの指摘を踏まえれば、安定したビジネスモデルを構築することもまた、BCPと言えるのです。

 政府は新型コロナウイルスの影響で業績が悪化している中小企業に向けて、緊急支援を打ち出しています。各地の金融機関などを通じた融資制度、雇用調整助成金の支給要件緩和などです。今後も情報収集に努めることが大切です。

 読者の皆様がこの危機を前向きに捉えて、経営を一段と強化できるよう、私たちも力を尽くします。